ついてない、


そう思うには充分な一日の始まりだ。ストレートの髪の毛が上手に纏まらないとか、目の下にくっきりと隈ができているとか、そんな女子らしい…他人から見ると鼻で笑われるような小さな悩みだったらよかったのに。心の声が振動しているのか、教室の扉を握る手が少し震えて微かに音を立てる。


中途半端に開かれた扉の先には、スバルと可愛いあの子が仲睦まじく話をしている姿。それは、当たり前の景色のようでいて、そうではない。少なくとも、スバルの彼女である“はず”の私からすれば。



ああ…、やっぱり私が可笑しいのかも。

分かっていたのに、
無理矢理繋いだのは、彼と私の運命で。



誰にも気づかれないようにと小さく零した溜息が宙を漂う。その瞬間、ぱちりと彼女と目が合い背筋に冷や汗が流れた。それと同時に、可愛いあの子がスバルの制服の裾を引きながら、焦ったように私に視線を送る。


ああ、嫌だな。
彼に簡単に触れる彼女が?
少し照れたような彼の表情が?
…ううん、違う。
ふたりの仲を邪魔している自分が、一番キライ。


ふたりの姿を見ていられなくて、行き場を失った視線はゆらりと彷徨い始めた。教室の風景、クラスメイトの声、頬を掠める温度、全てが感覚を失っていく。そうして唯一研ぎ澄まされた心は冷静に物事を理解していく。


彼を失う事の意味を。



「…名前?」


暗い意識を漂っていた私の中に響いた彼の声は一等星のように明かりを灯した。はっとして顔を上げると、心配そうに私の顔を覗き込むスバルの姿。表情と気持ちが連動しているといっても過言ではない彼の眉が意味深に寄っている。何も言えないまま浅く息をしていると、ゆっくりと瞬きをした彼の瞳が再び開かれ、青い瞳がすべてを見透かすように私を写した。


「…名前、おはよう」
「あ、っと、うん。おはようスバル」
「……」
「……」
「…教室入らないの?」


そう言いながら、彼の綺麗な手がしっかりと私の手首を掴んで自身に引き寄せるよう力を籠める。突然のことにバランスを崩し倒れそうになるが、どうにか右足を一歩踏み出し、彼の胸に収まるのを堪えた。
転倒することへの恐怖か、彼に触れられたからか、どちらか分からないけれど、どくりどくり、と大きく音を立て続ける私の心臓。スバルの行動に驚かされるのはもはや日常とも言えるが、文句の一つでも言ってやりたい。
意を決して顔を上げるが、彼は眼前にはいなくて…オレンジ色の髪の毛が視界の隅に写っただけ。


「名前、好きだよ」


頬に掠めるスバルの髪の毛、耳元で響く甘い声。
クラスメイト達の騒めきに隠すよう囁かれた彼の言葉。その意味を理解し整理する前に、私から離れたスバルは、ほんの一瞬、瞳を細めた。



ああ、彼は…作られた運命を…、


「スバル…ごめんね、」


震える声でどうにか紡いだ言葉は
とても残酷な筈なのに。


纏まりのない私の髪の毛をそっと撫でる彼は、
今日も変わらず、眩しい笑顔を見せてくれた。








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